
去年の冬は、猛烈な勢いで旅に出た。11月末には、パリからディジョンに入り、ローヌでは念願のワイン・ケーブにも行った。鉄道の旅も、だんだん慣れてきた。今では日本に居ながらにして列車のEチケットの発券だってクリックひとつでできる。ディジョンからパリへ戻るときは、けっこう混んでいたので2等席でも予約は必須だった。初雪をみながら、父の誕生祝いに買ったワインを片手にパリに戻ってきた。この時、私はこのワインが半年も父の手に渡らず自宅に鎮座し続けるなんて夢にも思っていなかった。

12月に入って出張でシアトルに行った。10日間もホテルに缶詰状態。シアトルの友達に会えたのと、同僚が誘ってくれたハッピー・アワーが唯一の憩いときとなった。10日間のうち晴れていたのは、初日だけであとは雨。シアトルは雨の街だった。翌月もシアトルに来ることになっていたが、結局は延期になった。その延期だってたいして驚きもしなかった。一連の出来事のほんの序章にしか過ぎなかったんだから。シアトルでは、クリスマスをはさんでいくソウル旅行の計画を立てながらわくわくしていただけだった。晴れて、クリスマスを迎えソウルは、マイナス14度。地面も池も何もかも凍っていた。

ソウルでは、友達とドラム缶の上で焼き肉をした。立ったまま食べるの。それが思いのほか美味しくて、二人で3人前食べてしまった。でも、帰国の頃になると晴天だったお天気が嘘のように急転し、大雪になった。機内で3時間缶詰状態。超楽観的な私は、見逃した映画を機内で2本みて大満足。ここまでは、本当にシナリオどおりのいつもの楽しい旅だった。

開けて2011年。お正月に田舎に帰省するつもりが、思いのほか大雪になり羽田に2日間詰めたが、結局飛行機にはの乗れず仕舞い。この大雪は、北米でも降り続け1月に予定されていたアメリカ出張が急きょ中止になった。ま、こんな天候で行っても楽しいことはないとここまではあきらめがついた。
そして、お誕生月の3月に休暇をとってシンガポールと香港に行くことにしていた。休みにはいった11日に大地震がおこった。自宅にいたけど、関西で体験した地震よりはるかに大きかった。震源地が関東でなかったのが不思議に思えたが、やがてニュースでの津波の映像に体が震えた。友達が用意してくれていた誕生日ディナーもTDLもキャンセル。そして、空港も閉鎖されていたのでシンガポール行きもキャンセルした。そんななか友達が、自宅の食事に招いてくれた。こんな折なのに、なんとホテルで誕生日ケーキを注文してくれていた。これには、大感激。その次の木曜日に発作的に香港へと飛び立った。すぐに戻ってきたけれど、香港の友達とソーホーで夜中まで語りあかして、ちょっと気持ちが落ち着いてきだ。津波や、原発のことも海外でのニュースと国内のものでは、ずいぶんと開きがあると感じた。仕事に戻っても、余震で怖かった。シアトルから来ていた友達や、みんなと地震のことや、原発のことを話し合った。駅は、どこも節電で暗くなっていたけど、おじさんの街、新橋で遅くまでみんなと熱く語りあかした。
今年ぐらい春が待ち遠しい年はなかった。去年と同じく杉並区に住む友達の家で桜パーティーを開く。四ツ谷の桜を見てから、行った。杉並区には川沿いに素敵な桜並木がある。帰宅難民になった友達の話をきいたり、ネットで噂の預言者!?の話で盛り上がった。ボランティアにもいった。いろんなところから届けられる物資を仕分けしながら、心がちょっと温まってきた。その後も、関西の友人と支援物資を被災地に送った。
明日からGW。なのに浮かないのは、ちょっと体の異常が発見されたから。来月は、大学病院に通うことになりそうだ。病気はいやだけど、周りの人からは元気をもらっている。旅については、1月にキャンセルになったアメリカ出張を5月に控えていたけど、今度は私からキャンセルすることになった。今年に入ってから、旅はキャンセル続きだ。
悔しいので、友人たちに会いに明日から大阪にいってきます。それから、父へのお祝いワインをもって田舎にも帰ってきます。旅に出られるのも、世の中が平和で健康だからなんだとつくづく実感しました。私の旅の守護聖人クリストフォロ様、どうぞお守りください!